本当の自由とは? 〜世界一自由な学校の物語を読んで(1)

「自由にしていいよ」と言われると、
なぜか私たちは自由にしきれない部分があるような気もします。
なんとなく「当たり前」や「常識」など、
「暗黙の了解」に縛られがちですよね。

特に今のこのご時世では、例えどんなに「自由にどうぞ」と言われていても、
自然と無意識のうちにその縛りや括り、
枠の中で考えたり行動したりしてしまいます。

そんな時代でこの「世界一素敵な学校-サドベリー・バレー物語」を読むと、
ハッと目が覚めたような感覚になりました。

世界一素敵な学校-サドベリー・バレー物語


この本を読んだのは少し前にはなりますが、
とても印象的で今でも胸に残っていることが、
日本のよくある学校の教育とは全く違い、
責任やルールなど全て自分で考え、
判断しそれを全て受け入れた教育を推奨していく学校だということです。
また、他人と違うということがあまり受け入れられないこの世の中で、
逆に他人と違うことが当たり前だという考え方などにスゴく衝撃を受け、
私自身の考え方にもかなり影響を与えた本です。

そもそも、世界一自由と言われているアメリカのサドベリーバレー校とは、
カリキュラムも点数も卒業証書もない学校です。
「21世紀の学校」とまで言われています。

人が本来持っている好奇心や自由を追い求める姿勢を育むことこそが教育である
という理念を貫いています。

現在の日本の学校はと言うと、カリキュラムも点数などの評価も、
卒業証書がないなんてまず有り得ませんよね。
そして常識的な部分や協調性、みんなと協力することやその大切さ、
それを経ての達成感などの勉強や学ぶシーンが多く感じます。

もちろん、それらはとても大切なことですし
私たちが知っておかなければならないことです。
しかし、その反面に陰りがあることも否めません。

今日、話題にもなっているし問題視されて続けていることがあります。
例えば「いじめ」です。
特に最近ではSNSやスマートフォンの急増・発展により、
更に孤立化やいじめという問題の増加が加速しています。

みなさんはなぜ、どういう状況でそれらの問題が生まれるかと考えたことがありますか?
おそらく、授業の道徳などを習う時間に何度か考える機会はあったかと思います。

いじめた側はとても悪く扱われます。
しかし「いじめられる側にも問題がある」という人もいます。
単純にどちらがいいも悪いも言い難いことですが、
根本的な原因や確かなあるキッカケが存在します。

次回、サドベリーバレー校のカリキュラムや風潮と
それらの問題の背景がどのように関わりがあるのかをお話していきます。




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